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 レヴィ・ア・ツァンは沈みゆく意識の底で、そんな記憶を思い起こしていた。

 レヴィ・ア・ツァンは夜の闇に潜むヴァンピール――吸血鬼である。
 アレシエント地方はリューデルク大陸の中でも魔物が多く生息する地域である。特に、このキールニッヒ市は古くから魔族と人との争いの激しい都市だった。何せ、アレシエント王国直属――ではなく都市自体が防衛の為の騎士団を有しているほどである。
 十数年前の同胞をも巻き込んだ魔女狩りが王国中の問題になった際に、現在の王ユンデルニルグ三世と魔族族長の一人であるバアル・フェ・ゴアルが不戦の約定を結んでからは、戦こそなくなったものの夜になれば人は依然として<人ならざる者>に怯えねばならなかった。
 ――と、いうのは元来闇の一族に連なる高等な魔。魔族と呼ばれる一族以外の、いわゆる中級から下級に落ちる魔物という存在は、被支配意識が非常に薄弱な為である。

 人より遙かに長い時を生き、様々な知識を有する生命体である魔の一族。それらが有した知識を弄ぶかのように作り上げた生命体。アンデッド。
 創造神ではない、人よりも神に近い力を持ちながらも神に呪われた存在である彼らの生み出した生命体は勿論不完全である。
 低い知性。脆弱な体。凶暴性。
 それらを有する魔族の忌子らは、自分が何によって生み出されたのかも何に仕えるべきなのかも知らない。
 〈親〉によって己の中に組み込まれたたった一つの指示をひたすらわけも判らず守り続けるものもいないわけではなかったが、大抵が本能のまま血肉を求め彷徨うのである。
 ――それが、本来の魔物であった。
 本来、というのはどういう意味か。
 その存在の生誕こそが、実のところ人類が長年魔物と激しい抗争を繰り返さねばならなくなった元凶だった。
 ――ただ闇を彷徨う魔物よりは高い知性を持ち、人を取るに足らぬ存在であると蔑み時には哀れむ魔族よりも人という種族を憎む存在。
 それを魔の一族は哀れみを込めて〈生贄の子ら〉と呼ぶ。
 純血な〈人ならざる者〉とは異なる存在。人から魔へと転じた者。それが〈生贄の子ら〉である。
 人は古くから、闇に潜む自分たちとは異なる種族に怯え、生きてきた。時には過剰な手段をもって、その脅威に対抗しようとしてきたことも歴史の事実である。
 例えば魔女狩り、魔族狩り。それら血生臭い事件の中で、犠牲になる者の多くは同じ人族であった。


 ――例えば、人でありながら魔物を狩ることを生業とする腕利きの狩人…ハンターと呼ばれる者たち。
 ――例えば、長く生きながらえた故に薬草学の知識に優れた老婆、老医者。
 ――例えば、異教を信じる無辜の民。
 ――例えば、いつまでも若く美しく見える中年の貴婦人、紳士。等々。

 魔女狩り、魔族狩りを行ってきたのは王国、そして都市が有する騎士団の司法士であったが、司法士も人である。中にはとにかく一人でも多くの〈人であるか魔であるか判らぬ者〉を狩って自身の手柄にしようとする者、処刑された者の財産を没収し私服を肥やす者などもおり、その為におびただしい同族の血が流される様は、敵対者であった魔族をして

「我らですらああも苛烈にはなれぬだろう」
「人族は脆弱であるが、冷血な忌むべき存在である」

 と言わしめたものだった。

 その一連の事件で後に多くの魔物――〈生贄の子ら〉が生み出されることになったとは、実に皮肉な話ではないか。
 夜の貴公子、吸血鬼レヴィ・ア・ツァン。獄炎の断罪者、首無し騎士リーグニッツ。暴食の徒、食屍鬼ヒルハイド・グルトニクス。
 それらアンデッドが魔女狩り、魔族狩りの際に同胞に裏切られ不幸にも殺された人間の成れの果てであると考えれば、それら事件の残虐さ、無念のうちに死した人々の恨みの深さが伺えるというものだろう。
 故に、魔の一族は彼らを〈生贄の子ら〉と呼び、憐れみを持って自らの一族の末席へと彼らを置くのだ。



 そういうわけで、純血の魔族でもなく人でもなくなった魔物がしばしば人を襲うのは、仕方の無いことと言ってしまえば仕方の無いことであった。

 レヴィ・ア・ツァンは生れ落ちてから二十四の歳になるまで人として生きてきた。若いながらに、腕利きの狩人であった。――十五年程前の、魔族狩りの際に処刑宣告を受けるまでは。



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