死の淵で見るのは甘い夢だ。
 笑ってしまいたくなるほどに甘く、残酷な、くだらぬ夢だ。




宵闇の王国






 暖かい、陽光。
 慈愛に満ちた黄色い日の光。
 日溜りの中、むせ返るほどに甘く香る百合の花に囲まれた尼僧の後ろ姿。
 禁欲的な黒色の僧衣をまとった女は、声をかければ爽やかな笑顔とともに振り返った。美しい鳶色の瞳の中に、男の姿が映る――それは紛れも無い。在りし日の俺の姿だった。
 お世辞にも愛想が良いとは言えないその顔、唇あたりへ刻まれた僅かばかりの微笑はそれでもかつての俺にとっての精一杯で、そんな俺を見て女は更に目元を和ませるのだ。
 風が吹く。
 ゆるりとした、けれど涼しく心地の良い風だった。ふわり、と女が頭から被った白の修道女帽子――ウィンプルが揺れた。その下からハニーブラウンの髪が覗いて見える。
 女の瞳の中で、俺の唇が小さく動いた。
 恐らくは、
「綺麗なのに隠してしまうだなんて勿体無い」
 だとか、そういった台詞を吐いたのだろう。
 今思えば実に――実に俺に不似合いな、滑稽で、気障ったらしい台詞ではあったが、女の瞳に映る男の顔は悲惨なほどに真剣だった。


 俺であった男の手が、女のウィンプルへと伸ばされる。
 女の顔へとほんの少しだけ戸惑いと躊躇いが浮かんだが、それに気づかぬように男の手は女の頭から禁欲の象徴であるその純白のウィンプルを取り去った。
 美しく艶やかな長髪が肩へと、垂れる。
 ハニーブラウンの髪は陽光を浴びて、まるで蜂蜜のような光沢を帯びていた。男は一瞬だけ眩しそうに眸を細め、そうして女の頬へとかかった髪を手の甲で払うと、そっと顔を近付けて朱唇へ口付けを落としたのだ。
 男からの、触れる程度の接吻に女の白い頬が羞恥の色に染まる。伏せられた眸を縁取る長い睫毛がふるふると震えて――けれどその手はしっかりと男の胸元へとそえられていた。


 ――実に、実に滑稽だ。まるで女子供の好む夢物語のようではないか!

 古くから伝わる騎士と修道女の恋愛物語のように初々しく甘酸っぱいその記憶を、俺は意識の淵で意地悪く嘲笑った。





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