実弟と良く似た鋭い眸で睨みつけられて、秋寅は「おお怖い!」と可愛らしく身を縮こまらせて見せる。実際のところ三十路過ぎの男が己の両腕で肩を抱いてみたところで可愛らしいはずもなく、むしろ彼の実弟や実妹がこの場に居たのならばすぐさま「気持ちが悪い!」と秋寅を足蹴にしたに違いなかったが、実の弟妹らよりかは幾分も優しさや思いやりという人間にあって然るべき性質を当然の如くに備えている従兄――丹塗矢丑雄は、少し下瞼をひくつかせ嫌そうな顔をするのみに留めて、

「で、今回はどこの女に振られたんだ」

 と正しく秋寅が里帰りをした理由を口にしたのだった。
 秋寅は遠慮や配慮の含まれていない従兄の問いに、己の肩を抱いたままの姿で固まる。

「えっと、何で判ったの」

 問い返せば丑雄は「判らいでか」と浅く溜息を吐きだした。

「お前、自分が二ヶ月から三ヶ月に一度は同じ理由でこっちに帰ってきている事実を自覚しているか?」
「そうだっけ?」

 秋寅は空惚ける。
 そういえばつい三ヶ月前にも当時付き合っていた針師の彼女に振られて傷心の侭に帰国するということがあったような気もしたが、思い出したくない為思い出せないふりをする。「気の所為だよ。うん、丑雄兄さんの気の所為」と半ば懇願するように念を押せば丑雄はやはり溜息を吐き出しながら「そうだな」と諦め気味に頷いて助手席のドアを開けた。
 隣へと乗り込みつつ、こちらへ一瞥を向けることもなく車を発進させた従兄の横顔を秋寅はちらりと盗み見る。相変わらず世の中には何一つ面白いことなど無い、娯楽など必要ないとでもいうような実に禁欲的で生真面目な無表情。秋寅の実弟などは丑雄と良く似た顔のパーツを持ちながら、唯我独尊という言葉と金への愛をいつでもその表情に滲ませているというのに――
 「辰みたいになれとは言わないけど、ちったぁ人生楽しんだ方が得だろうに」と内心思いながら秋寅は「ねえ、丑雄兄さん」と隣で運転に集中している従兄に話しかけた。

「何だ?」

 視線はそのままに、丑雄が問う。

「いやさ、俺が今回こっちに帰ってきた理由って女の子に振られたからなわけなんだけど」
「ああ。知ってる」
「知ってるって、その言い方何だか傷つくなあ」

 大袈裟に傷ついたような顔をして、秋寅は「でも理由まで知ってるわけじゃないっしょ」と続けた。丑雄が視線だけを僅かに動かして続きを促す。予想通り――というか、判っていながら付き合ってくれているような節が無いような気がしなくもないが――話題へと食いついてくれたことに「よしよし」と満足しながら秋寅は続けた。

「実はさぁ、今回向こうでちょっとした事件があって――」


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