――流石、比奈さん。
 俺は胸中で呟いた。セロファンの内側には、小さくジャック・オ・ランタンのプリントされた包装紙……と、よく見ればメッセージカードが一枚添えられている。そこには比奈さんの文字で「瑠璃也くんへ」と記されていた。
 俺は袋の口を縛る緑色のリボンを緩め、そのメッセージカードを取り出す。それもやはり、白地に黒のコウモリが飛ぶハロウィン仕樣だ。くるり、と裏返せばHappy Halloween!の文字と、小さく謝罪の言葉が。
 一緒にお茶しに行けなかったことを気にしていたのだろう。
(お気遣いどうもありがとうございます)
 その大人げを、ほんの少しでも良いから恋人に分けてあげて欲しい。
 メッセージカードを眺めながら溜息を吐き出す俺を見て、常盤さんが小さく笑った。

「瑠璃也君だけメッセージ付きだなんて、所長も罪なことするわね」
「早くしまっとけよ、坊ちゃん」

 烏羽さんも、うんうんと頷く。女みたいに細い指先――人差し指をぴんと立てて、

「三輪先輩も大概煩いけど、うちにも一人拗ねる奴がいるからな」

 唇の端をにいっと歪め、首だけで後ろを振り返る。そんな烏羽さんに釣られるようにして奥を見れば、丁度ドアからあきらが顔を出したところだった。烏羽さんが呼んでからもなかなか顔を出さない、と思っていたらどうやら着替え中だったらしい。稲荷運送の制服ではなく、既に黒のパンツとチェック柄のシャツを着たあきらは指先にチャリの鍵を引っかけていた。――帰る気満々だ。

「何の用っすか? 瑠璃也サン」

 吊り上がり気味の猫目が、俺の顔を見た瞬間にすぅっと細くなる。眉間に皺を寄せたその顔は、どう贔屓目に見ても歓迎してくれているようには見えない。

「ちょっと、あきら」

 常盤さんの窘めるような呼びかけにも、あきらはフンと小さく鼻を鳴らしただけだった。本当に、素直というか、失礼な奴だ。
 太郎曰く「瑠璃也よりは断然危機管理能力がある」あきらは、俺のことを災厄の使者か何かだと勘違いしている節がある。
 髪の毛をアッシュグレイなんて変わった色に染めていて、耳にはピアスなんかも開けている――ちょい悪にーちゃんを気取っているわりに、あきらはすごく恐がりだ。
 怪談やオカルト系の話は大の苦手。胡散臭い宇宙人の映像やキャトルミューティレーションの話にすら顔を顰めるほどで、遊園地のお化け屋敷も駄目らしい。
 初めて比奈さんの御霊を見た時なんて、奇声を上げてぶっ倒れたと聞いている。そんなわけだから、思念や式神という非現実的な存在をわりとすんなり受け入れてしまった俺や、天才異能者の三輪さんなんかとは相性が良いはずがなかった。

「あんたが来ると、ろくなことが起こらないからな!」

 吊り上がり気味の眸をさらに吊り上げて、あきらは俺を睨み付ける。

「いや、あの、あきら?」
「うるせー、菓子せびりに来ただけなら早く帰れよ。つーか俺が帰る!」

 話を聞く気なんてこれっぽっちもないらしい。短気は損気だって言うのに。
(ううん、「無礼なガキだ」って毒づく三輪さんの気持ち、少しだけ判るかも)
 そこまで徹底的に拒絶されると、意地でもあきらに「是非晩餐会に参加させてください」と言わせたくなってくる。悪態を吐くだけ吐いて、横をすり抜けていくあきらに、俺はぽつりと呟いた。

「ハロウィンパーティー、手料理、比奈さん」

 ――尤も、手料理を作るのは鬼堂さんと太郎であって比奈さんではないが。
 俺の呟きを聞き取ったあきらの耳が、犬のようにぴくりと大きく動いた。瞬時に首がぐるんと回って、大きく見開かれた瞳が俺を映す。――なんかこういうとこ、三輪さんに似てるなぁ。

「今、何て言いました? 比奈さん? ハロウィン? コスプレ?」
「いや、コスプレなんて一っ言も言ってないから。……ああでも比奈さんのことだから頼めばしてくれるかもしてくれないかも」

 この健全な青少年の脳内で一瞬の内にどんな変換が行われたというのだろうか。
 緩みそうになるのを必死に堪えているからだろうか――頬をぴくぴくと引き攣らせるあきらに、太郎の言うような「危機管理能力」とやらが備わっているようには思えない。――非常に残念な話ではあるが、あきらも絶対俺と同じタイプの人間だ。つまりは、自ら非日常世界へ足を踏み入れてしまう自滅型。
 ていうかオカルト系が一切駄目なくせして、比奈さんを追っかけて稲荷運送に居着いたという事実がある時点でアウトだ。こいつには太郎ちゃんが期待するような「危機管理能力」なんて気の利いたものはない。俺が保証する。
 
 
 


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