十月三十一日。
ハロウィン、と呼ばれる日がある。
一昔前まではあまり馴染みのなかったそのイベントも、お菓子会社の陰謀によって昨今では大分ポピュラーなイベントになってきている、と、思う。例えば某夢の国なんかはこの時期ハロウィンを前面に押しだした宣伝をしているし、花屋にしてもスーパーにしてもオレンジ色のカボチャ――所謂、ジャック・オ・ランタンの姿を模した商品を並べている。
気味の悪いカボチャ、黒猫、魔女、等々。
「人間ってなんでそういう不思議な存在に惹かれるんだろうなぁ」
――と、以前友人である岡山太郎にぽつりと零してみたところ、あの生真面目な親友は皮肉っぽく口角を持ち上げて、
「好奇心じゃないか? 不思議だ不吉だと言われても、何が不思議なのか判らない。同じように、不吉の正体も判らないから、人は少しでもその本質に触れてみたいって思うんだよ。あとは怖いもの見たさ。瑠璃也も身に覚えがあるだろう?」
そう、言ったのだった。
多分それは思念の関わる事件に巻き込まれてばかりいる俺に対する嫌味なんだろう。主夫業は忙しいわ、他人から振り回されてばかりだわで、最近の太郎はどことなくやさぐれている。
その皮肉っぽい口調や眉間に寄せられた皺などは、某蛟堂の店主さんを彷彿とさせるんだけど、言うと嫌がるから俺は大人しく口を噤んでいる。三輪さんや太郎は俺のことを「脳天気」だの「お気楽人間」だの言うけれど、俺だっていろいろ考えているし、苦労性の友人を思いやる優しさだって持ち合わせているわけだ。
そんな俺の優しさを理解してくれるのは、いつだって本の中の思念たちだけなのが悲しいんだけど。
まあ、それは兎も角。
ジャック・オ・ランタンに黒猫、魔女、あとはちょっと俗っぽく吸血鬼やフランケンシュタイン、狼男なんかが持て囃されるその日のことは俺だって決して嫌いなわけじゃない。
元々、日本の和洋折衷で宗教観を無視しまくったイベントは大好きだ。娯楽重視、大いに結構。製菓会社の陰謀だとか何だとか言う奴がいるけど、楽しめるものは何でも楽しんだ方が得じゃないか。
踊らされていたって自分が楽しいと思えば、俺はそれで良いと思うわけで、だからクリスマスもバレンタインもホワイトデーも、勿論ハロウィンだって全力で楽しみたい。ただ、非常に残念なことに、一緒に過ごすような可愛い彼女がいないのでいつだって友人らと騒ぐだけで終わってしまうわけなのだけれど。
「でもま、ハロウィンは恋人と過ごすイベントではないしね」
ジャック・オ・ランタンの形をした小さな鉢植えを抱えて、俺はぽつりと呟いた。
ハロウィンに恋人同士がいちゃついてるのなんて、某夢の国だけだろう。大抵は女の子同士がお菓子交換したりするぐらいじゃないか? 可愛いお菓子をたくさん買ってきてさ。
駅前のケーキ屋にも、デパ地下にも、美味しそうなスイーツがたくさん並べられていたっけ。
俺の母さんも――血は争えないという言葉を使うべきところなのか判らないが――そういったイベントは大好きなので、今夜は鬼堂さんを呼んで食事会をするのだと張り切っていた。
と、言っても、母さんは料理があまり得意ではないので、作るのは鬼堂さんなんだろう。
実を言えば俺もあまり料理は得意ではない。苦手なわけでもないんだけど、何と言うか――味に対する執着が薄いというのが正しいのかもしれない。母さんも俺も、日々の食事に関しては、味が薄かろうが濃かろうが最低限食べられるレベルのものであれば問題ないと思っているから。
(勿論、甘い物に関しては別の話だ。俺だって5円チョコよりゴディバの方がいい)
そういうわけで、うちの家庭料理は家族だけで食べる分には問題ないものの、人様に食べさせるにはちょっと躊躇してしまうような味なのだ。昔うちに夕食を食べに来た三輪さんが一口目で
「うわ、何だこれ、味ねえ! うちの兄貴でももっとマシなもん作るぜ」
と叫んで母さんから張り倒されたと言えば、その残念さが判るだろう。
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