「辰史叔父さんといい秋寅叔父さんといい、なんでこううちの一族にはろくな大人がいないんだろうね」重い溜息を吐き出す太郎の、どこか虚ろな瞳に瑠璃也とあきらは苦笑いするしかない。
それでも律儀にシチューの材料を買い出しに行くあたり、太郎も人が好いというか。だからこそ一族の大人たちから無茶ばかり言われるのだという事実に、本人は気付いていないらしい。
太郎はもう一度だけ溜息を吐き出すと、台の近くへ置かれていた小さな木製脚立へと腰掛けて、「それで」と眼鏡の奥の怜悧な瞳をあきらへと向ける。両手がふさがっていて直すことができなかったのだろう――と言ってもずれたと言うには僅かすぎる眼鏡を指で押し上げてわざわざきっちりと掛け直したのは、勘が働いたからに違いない。
即ち、異常事態への備えである。
名島瑠璃也が思念を引き寄せる体質であるのと同様に、岡山太郎は思念が視えてしまう。瑠璃也のそれは、彼の性質が影響するところが大きい。が、太郎の場合はその血の所為である。
――三輪初子。
それは太郎の母親の名であった。今は岡山姓の父親と結婚をして岡山初子となっている。太郎の母親は三輪家の長女に生まれながら、弟や妹たちのように三輪の一族が本来持っている特異な性質を備えて生まれては来なかった。
それは、鬼才・三輪尊の長女である彼女の母親と結ばれた父親――三郎が、民間レベルのしがない陰陽師であったことが原因であるとも言われている。けれどそんな初子も唯一、常人の目に見えぬものを「視る」ことはできたのだ。
尤も視えるだけで何もできぬ初子は、周囲の大人がそれに気付く前に一度だけ随分と危険な目に遭っている。それから後は眼鏡をかけて滅多に外すことはしなかった。眼鏡にしろコンタクトレンズにしろ、網膜と外界との間に介在させることで世界の見え方も随分と違ってくるらしい。
そうして、ただの人であることを選んだ初子はただの人である太郎の父親と結婚し、息子にもまた、ただの人として育つことを望んだのである。
――という話は一先ず措いておく。
太郎に視線を向けられたあきらは、手中の小箱の存在を思い出した。ショルダーの中から伝票を取りだし、太郎の方へずい、と差し出せば「うちに?」と再び太郎の胡乱げな瞳があきらを見返す。
「辰史叔父さん宛て、ねえ」
「どこから?」
「通販ショップ〈SHIN〉――って通販かよ!」
「へえ、あのおっさんでも通販とか頼むんですね」
「雑貨だっけ?怪しいなぁ。何かやらしーアイテムだったりして」
にやにやと口元を歪める瑠璃也に「何に使うんだよそんなの」と返しながら太郎は一緒に渡された伝票へ「三輪」とサインした。「ども」と言って伝票をしまうあきらの視線も、興味津々といった風に箱に注がれたままであることに気付いて太郎はやれやれと小さく嘆息する。
――好奇心は猫を殺すって諺は、覚えておいた方がいいよ。
と、以前言ってやった気がするのだが変なところで似ている二人は親切な忠告を覚えてなどいないらしい。いつだってそうやって痛い目に遭うのに、と口の中で呟きつつも何かを訴えるような二人の瞳に負けて太郎は箱を無言でずい、と突き出した。
――そうして、自分の友人らに対する甘さも命取りなのだ。
とは自覚する事実である。あとはまあ、何度も痛い目に遭えばいつかは自然に学習するだろうというほんの少しの期待もある。
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