瑠璃也は項垂れる青年の肩をぽん、と叩いて手近な棚から一冊の本を取り出した。表紙には踊るような金色の文字で<眠れる森の美女>――
 あきらは瑠璃也をじとりと睨み付けた。

「瑠璃也サンみたいな変人と一緒にしないでくださいよー」
「な、変人って!人がせっかく新しい恋を提供してあげてるのに!」
「いらねっすよ。どうせ目覚めさせるなら、比奈さんの目を覚まさせてあげたいっす」
「うんうん、あきら君はまだ未成年だからね。夢を語るのは自由だもんな」

 容赦なく変人認定をされて瑠璃也はひくりと頬を引きつらせながら「でも現実には早いとこ目を向けたほうがいいよ」とこちらも容赦なく指摘する。

「じゃないと手遅れになっちゃうからね」
「瑠璃也サンみたいにですか」
「俺は手遅れじゃないし!」
「人魚姫の王子様だなんてメルヘンなこと言うようになったらもう完全に手遅れだと思います。まー本人が幸せならいいんじゃない?って感じなんでしょうけど俺はそうはなりたくないっていうか」
「ははは、俺みたいにはならないかもしれないけどずっと片想いってのも俺的にはマゾすぎると思うんだけどそこんとこどうなのあきら君」
「ずっととは限らないじゃないですか!」

 あきらはむっとして言い返す、が、瑠璃也は笑うのみである。

「僕に言わせてみれば、二人とも不毛すぎるの一言に尽きるんだけど」

 ぎぃっとドアの蝶番の軋む音と共に、そんな呆れを含んだ声が聞こえた。
 瑠璃也とあきらは「太郎ちゃん!」「太郎サン!」とそれぞれ相手の名を呼びつつ振り返る――入り口には眼鏡の青年が普段と変わらぬどこか気苦労の耐えなさそうな、神経質そうな顔をして突っ立っていた。
 互いに相手の方が不毛であると思いたい二人は、そんな太郎の遠慮無い言葉にそれぞれ反論を試みようと口を開きかけ――同時に噤む。
 と、いうのも、買い物の帰りであるらしく手に近所のスーパーの袋を提げた太郎の姿が二人の胸中へ何か生暖かい感情を生じさせた為であった。
 つまりは、同情。

「相変わらず苦労してるね、太郎ちゃん」
「近所のおばさんたちに混じってタイムセールとか参戦してるんですよね?まじスゲーって思いますよ。うちの常磐サンなんて〈太郎ちゃんを旦那にしたいわっ!〉って超感動してましたもん。比奈さんから太郎サンの主夫っぷりを聞いて」
「・・・それはどーも」

 太郎は苦虫を噛み潰したような顔をして、牛乳パックの覗くその袋を手近な台の上へと置いた。ごとり、と音がした。その音の通りに荷物は重かったらしい。荷を提げていた方の肩をほぐすようにぐるぐると回しながら、太郎は「同情するなら代わってくれよ」と珍しく毒気たっぷりに言ったのだった。

「辰史叔父さんが今朝は珍しく早く起きてきてさ。〈急な仕事が入ったから出かける〉とか言って出てったから今日は一日ゆっくり過ごそうと思ったのに、入れ違いで秋寅叔父さんからメールが来て――ほら、瑠璃也も一度会ったことあるだろ?それで、〈今丁度日本に帰ってきててさァ。久々に可愛い甥っ子の顔が見たくなったから実は今もうすでに新幹線に乗り込んでるんだよね。夕方頃にはそっちに着く予定だから夕飯よろしく〜。叔父さんはシチューが食べたいな♪辰ちゃんにも会うの楽しみにしてるっつっといて!〉って一方的に。急すぎるっての。辰史叔父さんに連絡したら〈今日はぜってー帰らんって馬鹿兄貴に言っとけ〉の一言だし」




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