「で、今日は何の用なの」

 右手の人差し指でくるくると髪の裾を弄りながらいつでも暇そうな大学生は眼つきの悪い稲荷運送のバイトへ訊ねる。アッシュグレイの短髪をワックスでつんつんと逆立てた青年――十間あきらは名島瑠璃也の言葉に自分の用事を思い出したようで、肩から掛けた黒い大きめのショルダーから少し厚めの封筒を取り出した。

「鬼堂さん宛てに。中身は本っぽいんですけど」

 渡せば瑠璃也は少し考えて「ああ、そういえば荷が届くかもしれないから受け取ってくれって鬼堂さんが言ってたなぁ」と暢気に呟く。
 あきらはそんな瑠璃也に呆れながらも伝票を渡す。瑠璃也はアンティーク調のデスクの引き出しから印鑑を取り出しポンっと押すと「ごくろうさま」とやはりそのヘラっとした顔で笑った。
 ――まったく羨ましいものだ。
 悩みなど何一つなさそうな、この二つ年上の青年にそんな感想を抱きながら、あきらは伝票をショルダーのポケットへ仕舞う。
 他にこの近所へ配る荷物はなかったかとごそごそ探ったところで、微妙に嫌そうな顔をしたのはこの幻影書房の隣へ位置するこれまた風変わりな店――蛟堂の店主宛の荷物を発見してしまった為であった。
 小さな箱だ。伝票には雑貨と書かれている。
 瑠璃也も実に微妙そうなあきらの表情に気づいて、その手元を覗き込み、蛟堂店主――三輪辰史の名を目にした瞬間に「ああー」とどこか残念そうな声を漏らした。それはと、いうのも、奇妙な荷ばかりを扱う稲荷運送に於いても、辰史宛ての荷の非常識さは群を抜いていることをあきらより余程辰史との付き合いが長い瑠璃也は知っていたからだ。
 そうして、幻影書房でバイトをするこの暇な大学生は、二歳年下の青年がそういった非常識な事象を非常に苦手としていることも知っていた。

「瑠璃也サン、これ、何だと思いますか?」
「さあ、雑貨だけじゃ俺にはなんとも。気になるんだったら届けて太郎ちゃんに訊いてみたら?確か今日は三輪さんいないはずだしさ」
「あ、いないんですか。そりゃあ・・・・・・」

 「ラッキー」そう言おうとしてあきらは口を噤む。十も年上のくせして自分勝手で傲慢な蛟堂店主に対する悪態など掃いて捨てるほどあったし、彼の男が自分勝手で傲慢でなかったにしろあきらは彼のことが好きではなかった。三輪辰史に対しては年上への礼儀を払おうと思ったこともないし、またその必要もないと思っている。いないならばいない方が平和で静かでも良いと思う、のだが――

「あきら君?」
「そういや比奈さんも今日は休みだった」

 と、なれば三輪辰史の出掛け先は一つだ。
 思い出したくなかった事実を思い出して盛大に落ち込む。稲荷運送の他の社員らと共に比奈のマンションで歓迎パーティーを開いてもらった際に、ごくごく自然に置いてあった男物の衣類――それも某誰かさんが好みそうな――や、洗面所にあった歯ブラシ、男性用ワックスや香水といった細々とした小物を目にして驚くべき事実に気付いたあの記憶は、あきらの繊細な十代の心へ深い爪痕を残している。




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