キャベツの上の悪魔は聖女に出会う



 ラ・ピュセル、おい、そこの。ラ・ピュセル!
 ・・・・・・ジャンヌ!ジャネット!
 どうして君は私を無視するのだ。神の声が聞こえるのと同様に、私の声も聞こえているのだろう。聖なる乙女、清らかなる処女、ジャンヌ・ダルク。それともあれか。君は私のような小さき者の声には答えられぬというのか。随分とお高くとまった聖女様だ。
 冗談だよ。だからそんな顔をしないでくれたまえ。ねえ、頼むから。ジャンヌ、ジャンヌ。私はとても暇なのだ。君らが憎むような、力ある悪魔ではない。本当に喋るのが好きな、ただの悪魔に過ぎないのだよ。
 うん?何だい?何か言いたいことでもあるのか?
 ただの悪魔って、何だ、って?・・・・・・君はまた痛いところを突く。
 ううん、では私から問わせて貰おう。ただの天使とは何だ。そもそも天使と悪魔の違いとは何だ。私と君との違いは何だ。大きさや羽の有る無しなど問題ではないよ。根本的な違いとは何か、と私は問うているのだ。
 君が私を厭う理由。君が神を信じる理由。そして、私が君と話がしたいと思う理由。それに君が答えてくれない理由。全ての事象に対して、皆が名前を持つのと同様にそこには理由が存在する。疑問は尽きることがない。だから私は喋っていたいと思うのだ。
 恐らくは君などより遥かに長い刻を生きる私ですら、消滅するまでにはすべての疑問を解き明かすことなどできないだろう。今はどこかへ失われてしまった、ラジエルの書があればそれも可能であろうが、しかし解き明かされたものを読むよりも自分の口で、耳で、知りたいと思うのだ。
 ジャンヌ、何故そんな顔をする?
 私が物事を考えていたことが意外だった、と?失礼だな。私はいつだって考えている。
 謝らなくても良い。私の仕える大公様も、良く仰られるのだ。お前はべらべらと喋るから嘘を言っているのか本当のことを言っているのか判断に苦しむ、とね。
 何で笑うんだ?悪魔が虚実に悩むことはそんなに意外か?
 先にも言ったように、実のところ悪魔も天使も、君ら人間も根本的なところでは変わりはしないのさ。ただ役割や寿命が少しずつ違う為に別たれているだけでね。私だって、君と同じように嫌いなものも好きなものもある。
 私の嫌いなものを知りたい?いいだろう。ジャンヌ、君には特別に教えてあげよう。誰にも言わないでくれよ。私は、キャベツが嫌いなのだ。


 何だその目は。馬鹿にしているな。子供みたいだ、と?ああ、悪かったね。だから君以外には言ったことがなかったというのに。そんなに笑って、私に失礼だとは思わないのか。
 笑いながら謝ったって、説得力などあるものか。代わりに君の嫌いなものも教えてくれたまえよ。うん?何を言い淀む必要がある。
 ・・・・・・ああ、君は悪魔が嫌いなのだったね。悪かった。私に気を遣ってくれたのか。
 別に慌てなくても良いよ。慣れている。そんな顔をしないでくれ。私が、まるで悪いことをしたみたいではないか。私はとても善良な悪魔だというのに。私はそこらの下級天使などより余程善良で親切だよ。君は信じないかもしれないが。
 まあいい。今日のところは君が笑ってくれただけで良いとするか。あまり君の傍をうろうろとしていて、天使に睨まれるのは御免だからな。君も悪魔は嫌いだというし、私はこの辺りでお暇するとしよう。

 え?名前を教えて欲しい?

 一体どういう風の吹きまわしだ、ジャンヌ。
 私ばかりが君の名前を知っていてずるい、と?人間とは相も変わらず強欲なものだな。こんな取るに足らぬちっぽけな悪魔の名など訊いてどうするというのだ。呼んでくれるというわけでもないのだろう。何せ君は悪魔が嫌いなようだから。
 拗ねるなって?拗ねてなどいないよ、ジャンヌ。ついでに言うなら、私の名は君たちの言語で表すことができないのだよ。大天使様や地獄の大公様方とは違って、本当に私はちっぽけな存在なのでね。これまで私の名を呼ぶ人間などいなかった。きっとこれからも現れまい。
 じゃあどうしましょうって、何を言っているんだ君は。呼べぬものは呼べるはずがないじゃないか。え?アジター?何だそれは。私の名前だって?勝手につけてくれるなよ。

 ああもう、判った!

 判ったから、聖書の句を唱えるのは止め給え。アジターで良い。聖女様のくださった名前だ。精々大切にさせてもらおうじゃないか。
 君以外に呼ぶ人間など現れないだろうがね。だから、忘れてくれちゃあ困るよ。君は私のことを呼んでくれなきゃ。そう、そうやって。
 ちっぽけで取るに足らぬ善良な悪魔だがね、話相手くらいならばいつでもしてやろう。ジャンヌ。私の名を忘れるなよ。君がつけたものなのだからな。




END