地獄の大公はキャベツの上の悪魔に忠告す


 だから子供たちよ、お前たちに言おう。
 べリアルは自分に従う者に剣を与えるのだから、彼の悪を逃れよ。
 そしてその剣は七つの悪の母である。
 まず心はべリアルを通して理解する。
 だから第一にねたみ、第二に破壊、第三に患難、第四に捕囚、第五に欠乏、第六に混乱、第七に荒廃がある。
(旧約聖書偽典『ベニヤミンの遺訓』)



 ***



 何だ、agitate。お前か。
 地上ばかりを飛び回っているお前が、此処へ帰ってくるなど珍しい。いや、皮肉などではないさ。地の底と同じくあの場所は本来であれば我々が統括する場所であるのだからな。本来であれば、行って悪いということはない。
 あの忌々しい我らの父は泥人形を作り、我らの上へと位置付けようとした。それを良しとしなかった為に我らは今、このような憂き目を見ているが、だからこそ天から下の地上及び地の底は我らが誇り高く勇敢な王が統治すべきはずだった。
 お前には話したことがあったかな。以前私は神の子に対して裁判にて訴えたことがある。そう。彼の処女から生まれた奇跡の子だ。何故私が彼を訴えたかは判るだろう?
 我らの権利が脅かされそうになったからさ。
 裁判長は彼のソロモン王だった。あれとて忌まわしき人の子ではあるが、我らのことを判っているだけ幾らかマシだった。
 私の訴えは半分が認められ、忌々しいことに半分は認められなかった。所謂痛み分けだ。何たる屈辱だ。
 そうして私に認められたのが、最後の審判の日にこの地の底へ落とされた不正な者全てを統括する権利だというわけだ。


 ん?労しい?
 ふん、本当にお前はそんな風に思っているのかね。
 いや、別にお前を信用していないというわけではないさ。それを言うのならば、我々は何者も信用しない。己の言うことさえも、だ。我らはそのようには出来ていない。
 この唇から零れるのは、美しい偽りと甘い誘惑だ。それらは醜い真実と厳しい現実よりは余程気の利いた代物だ。天に残った同胞は、我らが親愛なる泥人形たちに苦悩と試練を与えるが、我々は快楽と堕落を与える。果たして彼らにとってどちらが良いか。
 ――それを判じるのは我らではない?
 ああ、agitate。
 お前は賢い。そして愚かだ。
 私はお前が嫌いではないよ。その唇は私と同じく鮮やかな虚無を紡ぐ。
 心地良い虚無だ。尤もらしく、そして一見的確に真実を突いているように思われる戯言だ。
 agitate、私は以前、「お前は人の耳をくすぐる言葉にかけては天才的であるが、その詭弁は思想が低俗そのものであることを証明するものだ」と言われたことがある。この言葉を覚えておくがいい。
 お前のその名はお前そのものだ。
 お前が自分自身をどう判じているか判らないが、お前の名にはお前でさえ抗うことはできない。
 ――お喋りが好きな、私の可愛い下僕。
 お前と会話を交わす人間はことごとくその身の潔白を他者から疑われることだろう。何故ならお前の言葉は、我らが憎き父を崇める者たちを惑わす。お前にそのつもりがあろうと、なかろうと。
 何故私がそんな話をするのか、知りたいか?
 先にも言った通り、私には数多くの下僕がいるが、私はその中でも私に似たお前のことをとても気に入っているのだ。似ているが故に、お前の詭弁にはうんざりさせられることが多々あるが、それでもお前のことを愛している。
 だからこそ、忠告をしてやったのだ。お前はどうにも、人間というあの生き物に親しみをもって話しかける傾向にあるようだからね。




END