お集り頂いた皆様方には感謝いたします。私の名はアントワーヌ・シャトー。隣町の教会に於いて司教を務めさせていただいております。
　本日皆様方にお集り頂いたのは他でもない。
　何故、わざわざ隣町から私が呼ばれたのか、既に殆どの方が存じておられましょう。審問席に座るあの、幼き少女の件で証言をして頂きたいからなのです。
　過日、某村にて半数以上の娘らが忌まわしき魔女の妖術によって悪魔に憑かれた事件は記憶に新しいことと思います。
　おや、そこの貴方はご存知でない、と？
　ああ、見掛けぬ顔ですね。もしや余所の地方の方でしょうか。××村から商売をしに来た？成程、××村は正反対の位置にありますからね。ご存知でないと仰るのも無理はない。
　では貴方の為に少しだけ説明をするとしましょう。
　話を簡略にさせて頂きますが、ご容赦願います。何分私も今日中にこの件を片付けて自分の街へ戻らねば。司教というのは、なかなかに忙しいものなのです。

　さて、過日に起きたあの忌まわしい事件。どこからお話しましょうか。某村には小さな教会がありました。そこの牧師トマス――牧師ということは、私のようなカトリックではなくプロテスタントになります。彼にはマーサとアンリという二人の娘があったのですが、ある日から奇妙な行動を取り始めるようになりましてね。トマス牧師が医師に相談をしたところ、悪魔に憑かれていると言うのです。
　さて、トマス牧師の家には黒人の使用人がおりました。名を、なんと言いましたか――ああ、そうそう、ルイーザでした。その、ルイーザはブードゥー教の信仰者だったようで、随分と前から不思議なまじないをしてみせたりもしたそうです。
　そういうことで、牧師らが彼の黒人女を詰問したところルイーザはとうとう村の娘たちを集めて密かにブードゥー教の妖術を使用したことを認めまして、娘らやルイーザへの度重なる審問の末に、実に10名もの村人がサバトに参加し忌まわしき悪魔と契約を結んでいたことが発覚したのです。

　どんな風に審問がなされたのかと？
　簡単ですよ。まずは被告の衣服を全て脱がし、裸にする。悪魔と契約をした人間の体にはその刻印があると言います。黒点が、ね。そこは針で突いても痛みを感じないそうです。また、魔女は水に浮くとも言われておりますから重石を付けて被告を川へと沈めたり――え？もう良い？そうですか。
　ともかく、この少女が本当に悪魔に憑かれているならばこの村にも相当の悲劇が起こり得ることもあるのです。それを未然に防ぐために私は、皆様方からできる限り多くの証言を、速やかに得ねばならない。
　ただ――
　教会へと訴え出たのが当の少女――ジャネットの兄であるという点から見ても、事態は穏やかでないと、私は見ておりますが。


　さて、前置きはこれくらいにしておきましょう。そこで欠伸をしておられるお嬢さんもいらっしゃることですしね。それでは、ただ今より審問に移ります。

　ジャネット。君は先日、満月の夜に一人で外へ出たそうだね。これに関しては君のお兄さんだけでなく、他の村人からも同じような証言を得ているから確かなことだろう。まずはそれについて話してくれるかい？

　――お話しします。シャトー様。私はサバトになど参加しておりません。

　では、何処へ？子供の出歩く時間ではないだろう。

　――キャベツ畑へ、話を聞きに行ったんです。

　キャベツ畑？

　――はい。二週間ほど前に、私はキャベツの上に小さな生き物を見つけました。鳥のようで鳥ではなく、人の姿をしているようにも見える、とても小さな生き物です。

　ほう、興味深いね。で、彼の名は？

　――彼はアジターと名乗りました。そうして、私が自分の名前を口にすると、懐かしむように「ジャンヌ・ダルク！ラ・ピュセルと同じ名か」と言ったのです。私は、私と同じ名前を持つ、そのラ・ピュセルについて話してくれるようアジターにせがんだのです。

　それで？

　――アジターは、「仕事があるから次の満月の夜に、またキャベツ畑に来給え」と言いました。それが、先日の夜の話です。兄が体調を崩したので約束の時間に少し遅れてしまったのですが、

　判った、もう良い。
　今の話から私が得たものは実に多いよ、ジャネット。素直に話してくれた君にとっては実に、実に申し訳ないが、無知も罪の一つである、とは良く言ったものだ。
　最近この村では作物の収穫が不振だと聞く。家畜も良く死ぬそうじゃないか。まさかとは思っていたが、ああ、ジャネット！何故気付かなかったのか。誰か、周りの大人は君に悪魔の存在を言って聞かせるべきであったのだ。
　可哀想に。これは君だけの罪ではなく周りの大人の教育不足によるところも大きい。しかし、今回はそれについては言及すまい。君の件でこの村の人々も、自らの不足を嘆き反省することだろう。

　静かに！
　皆々様方お静かに！
　忙しい中お集り頂いたというのに、真に申し訳ありません。皆さまの証言を得るまでもなく、我々は直接少女の口から真実を聞きました。でしょう？お嬢さん。そこの、商人の貴方も。今の言葉をしかと聞きましたね？ええ、悪魔が私を謀らんと訊かせた幻聴ではないようですね。
　判決を言い渡します。
　少女、ジャネット。汝は御神の洗礼を受けた身にも関わらず此度悪魔と密通し、村に災厄を広める一端を担った。幼き少女と雖も、その罪は決して許されるものではない。よって、その死刑執行を俗界裁判官に委ねるものとする。
　なお、家族の者は隠し立てすることなく訴え出たという事実を考慮し一切の罪は不問とす。
　以上。これにて裁判を終結します。



　少年、そう肩を落とさないでくれ。私も、こういった結果になってしまったことは心苦しく思っている。けれどね、君のしたことは間違ってはいなかったのだよ。これからも両親に孝行をしてやりなさい。妹さんの分もね。




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